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大阪高等裁判所 平成8年(行コ)22号 判決 1998年9月30日

奈良市右京一丁目三番地の一

平城第二団地三―二〇四

控訴人(一審原告)

辰己壽一

右訴訟代理人弁護士

関戸一考

佐藤真理

吉田麓人

相良博美

北岡秀晃

宮尾耕二

奈良市登大路町八一番地

被控訴人(一審被告)

奈良税務署長 田里眸

右指定代理人

森木田邦裕

吉岡豊

横井啓文

福田雅史

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が昭和五五年一二月二五日付けで控訴人の昭和五二年分ないし昭和五四年分の所得税についてした各更正のうち以下の部分及び右各年分の各過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

(一) 昭和五二年分の所得税の更正のうち所得金額一七〇万円、納付すべき税額九万九六〇〇円を超える部分

(二) 昭和五三年分の所得税の更正のうち所得金額一七〇万円、納付すべき税額九万六〇〇〇円を超える部分

(三) 昭和五四年分の所得税の更正のうち所得金額一八〇万円、納付すべき税額一〇万八〇〇〇円を超える部分

3  訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二事案の槻要

一  本件事案の概要、争いのない事実及び争点は、次項において当審における主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

ただし、原判決四頁九行目の「ある」を「あった」に、同一三頁九行目の「一六八七万七二一四円」を「一六八七万二一四一円」に、同一四頁九行目の「北村書房」を「北村書店」に、同一七頁七行目の「倍半」を「〇・五倍から二倍以内(倍半)」に、同二八頁六行目の「五三」を「五四」に、同三〇頁一行目の「一億一九二二万八一四五円」を「一億一七八〇万五六九九円」に、同頁八行目の「〇・八九」を「〇・八九五」にそれぞれ改め、同三三頁二行目の「卸売定価額」の次の「売価格」を削除し、三七頁八行目の「一般経費」の前に「支払販売手数料を除く」を加え、同頁九行目の「一般経費」から一〇行目の「〇・〇七六六」までを「支払販売手数料を除いた一般経費の割合〇・〇四二五」に改め、同三八頁三行目の「(売上原価率)」を削除し、原判決別表(1)(第一主張)の欄外「※3」に「昭和53年分」とあるのを「昭和54年分」に改める。

二  当審における付加主張

1  控訴人(控訴人第三主張)

控訴人は当審において、次のような本人比率による推計を主張する。

(一) 控訴人が青色申告に切り替えた昭和五七年から五八年までの二期の決算内容は別表1のとおりであり、右二期分の仕入れ金額、売上金額から平均原価率を求めると、九〇・八六パーセントとなる。被控訴人主張の各仕入金額に右平均原価率を適用して算出した控訴人の本件係争各年分の売上金額は、次のとおりである。

昭和五二年分 一億八四五二万七九九九円

昭和五三年分 一億八六九四万六五〇四円

昭和五四年分 二億〇三三三万六〇五七円

したがって、控訴人の本件係争各年分の所得金額は別表2のとおりである。

(二) 推計課税に当たっては最も合理性のある方法が唯一採用されるべき推計方法である。本件において本人比率によって原価率を推計することは、被控訴人及び原判決の採用する同業者比率による推計よりも、より実額に近い合理的な方法であることが明らかである。

(1) 被控訴人が同業者(以下「本件同業者」という)を選択した基準は、<1>新刊の書籍及び雑誌の小売店舗を有していること、<2>スタンド業者を兼ねていること、<3>控訴人の近隣(葛城、豊能、奈良、泉佐野及び尼崎税務署管内)で申告している同業者及び出版物の取次店であること、<4>その仕入原価が控訴人のそれのほぼ〇・五倍から二倍以内である青色申告の納税業者を機械的に採用したということである。

しかしながら、右基準、とりわけ同業者選択に当たり、葛城、豊能、奈良、泉佐野及び尼崎の中から仕入原価が控訴人のほぼ〇・五倍から二倍以内を選んだ基準(以下「倍半基準」という)は全く合理性がない。しかも、その結果選ばれた業者は五件、さらに支払販売手数料が少ない三業者を排除した残りの比準同業者はA、Bの二件にすぎない。しかも、このA及びBの原価率間には一・五五から一・九六パーセントの差がある。一般的に同業者比率による推計の場合には、立地条件、営業規模、営業形態等の事業内容において、本人との間に類似性がなければその合理性は担保され得ない。本人比率による場合には、これらの点は特別の事情のない限り全く問題とはならないから、原則として、同業者比率より本人比率の方がより合理性のある方法である。

(2) 右のとおり、被控訴人の採用する倍半基準により選択された同業者の比率よりも、業態、経済情勢に大きな変化がない限り、本人の比率を使う方がはるかに合理性がある。

控訴人において五七年、五八年を基準とした理由は、以下のとおりである。

<1> 控訴人は昭和五七年に青色申告に切り替えたが、昭和五九年まで業態に大きな変化はなかった。昭和五九年に販売手数料方式を採用したため、業態が変化したと評価すべきであるので、同年以後については除外することとした。

<2> 売上金額、仕入金額は控訴人の昭和五七年、五八年はいずれも対象年の半分から二倍まで(倍半基準)の範囲内のもので事業規模についても概ね同一性がある。

<3> 昭和五二年から五八年の間、大きな経済変動はなかった。そもそも控訴人の業種は本の販売業であり、経済情勢の変動により大きく左右されない業種である。

<4> 控訴人が基準とした二年度については税務調査の結果、申告是認を受けており、右数字には信頼性がある。

2  被控訴人

(一) 時機に遅れた攻撃防御方法

控訴人第三主張(本人比率を用いて推計した所得金額の主張)は時機に遅れた攻撃防御方法に当たるから、却下されるべきである。

控訴人は、原審における実額反証が奏効しなかったのを踏まえて、控訴審において、昭和五七年及び昭和五八年(以下「比準年」という。)分の本人比率を用いて推計した所得金額を主張するに至ったのであるが、控訴人は、昭和五八年分の確定申告書の法定申告期限である昭和五九年三月一五日以降最初に到来した口頭弁論期日である昭和五九年五月一八日(原審第一一回口頭弁論期日)以降、予備的主張等の形で右本人比率を用いた主張が可能であり、昭和六一年一月二九日の第一九回口頭弁論期日には池沢らと雇用関係にあることを前提とする主張を仮定的に行っていたことも考え併せれば、当審第一回口頭弁論期日である平成八年一二月六日において初めてされた本人比率を用いた主張は、少なくとも重大な過失により時機に遅れて提出されたものに当たる。

(二) 本人比率を用いた推計の合理性について

仮に、控訴人による本人比率を用いた推計による主張が、時機に遅れた攻撃防御方法に当たらないとしても、右主張に理由がないことは、以下のとおりである。

(1) 控訴人が主張する本人比率と本件推計課税との優劣について

課税処分における立証の対象は本来、真実の所得金額である。しかし、所得税法一五六条は、推計の必要性、合理性を要件として、所得金額の認定について表見証明ないし類型的推認類似の方法により課税することを許したものである。それは、単に訴訟法上の事実上の推定にとどまるものではなく、課税庁である税務署長に対し、推計による課税処分を許す実体法上の行為規範であり、推計課税によって得られる所得近以値をもって課税することを認めたものというべきである。したがって、推計の合理性は、単に真実の所得金額を推認する方法の合理性をいうのではなく、限られた資料や時間的制約、課税庁の調査能力、納税義務者間の公平等を考慮して、採用された推計方法がその納税義務者の所得を認定する方法として社会通念上合理的と認められる場合をいうのである。そうであるならば、他により真実の所得金額に接近できる推計方法があるからといって、直ちに課税庁が採用した推計方法の合理性が否定されるわけではない。

控訴人は、比準年の本人比率を基準として本件係争各年分の控訴人の所得を推計すべきであると主張する。しかし、前記のとおり、被控訴人が採用した推計方法に実額課税の代替手段としてふさわしい相応の合理性が認められれば、推計課税は適法というべきである。

そうすると、相応の合理性がある推計方法が複数あっても、そのいずれを採るかは課税庁の裁量にゆだねられているから、他の推計方法の方が実額に極めて近似し当該推計方法との差が著しく、社会通念上、相応の合理性すらなく、裁量権の濫用であることが証明されない限り、課税庁の推計方法の合理性を肯認できると解すべきである。これを本件についてみるに、後記のとおり、控訴人の主張する本人比率は、各年分の売上金額及び売上原価の算定根拠が明らかでない上、比準年における事業実態や経済環境等が本件係争各年分との間に類似性を欠いているものである。さらに、控訴人の主張する本人比率による推計方法が相応の合理性を有し、これが実額と極めて近似しており、被控訴人の採る本件推計方法との差が著しく、被控訴人の採る本件推計方法に社会通念上相応の合理性すらないことを認めるに足る的確な証拠はない。

したがって、控訴人が、被控訴人の行った本件推計課税と控訴人の本人比率との優劣を主張することは、その前提において失当といわざるを得ない。

(2) 控訴人の本人比率による主張には、以下のとおり、正確性が認められず失当である。

控訴人は、別表1に基づき本人比率を用いて推計した所得金額を主張するが、別表1に記載されている各年分の売上金額及び売上原価の算定根拠が明らかでなく、その内容は全く不明である。また、控訴人の原審第二〇回口頭弁論期日での本人尋問における供述及び甲八四によれば、控訴人の主張する本人比率による比準年分においても、池沢徳、渡辺善秀、松本久司、間路健一及び利川利夫は、それぞれスタンドディーラーとして独立していることを前提としているものと解されるが、右五名は独立したスタンドディーラーではなく、控訴人の雇人であったというべきであるから、控訴人の右主張は、本件係争各年分の売上金額を推計する上において、その前提が事実と異なっていて正確性が欠如しており、何ら意味を持たないものである。

控訴人が主張する本人比率を用いた推計の基となる比準年の帳簿書類は提出されず、控訴人が主張する本人比率を用いて推計した所得金額の正確性を担保するものは何ら明らかにされていない。なお、控訴人は、比準年分について青色申告をすることが承認され、被控訴人において申告が是認されているから比準年分の申告の正確性は被控訴人において担保されている旨主張するが、被控訴人は、比準年分の調査において控訴人が第三者の立会いを排除しなかったことにより、青色申告に必要な帳簿等の記帳状況及び内容の正確性を確認できなかったものであり、その正確性を容認しているものではない。以上のとおり、控訴人が主張する本人比率には多くの問題点が存在し、算定の基礎となる卸売割合に全く信ぴょう性・正確性がないのであるから、これにより算定された本人比率は合理性がなく、到底信用し難いものである。

(3) 比準年における控訴人の事業実態や経済環境等と本件係争各年分のそれとは、次に述べるとおり、その類似性を著しく欠くものである。

控訴人が主張する本人比率の比準年分と本件係争各年分との比較においては、控訴人の事業実績に大きな影響を与える顕著な変化が見られる。すなわち、控訴人が経営する店舗は、本件係争各年において、西大寺店及び平城店の二店舗であるところ、控訴人は、昭和五六年一一月ころ、サンタウン高の原店と称する店舗を新規に出店していることから、、比準年分には事業規模が拡大されている。

さらに、サンタウン高の原店の近辺である神功、右京及び朱雀の各地域(乙四四参照)は、人口及び世帯数ともに約一四三パーセントと急激かつ大幅な増加現象が見られ(乙四五参照)、当該地域における社会経済環境は一変している。

したがって、控訴人の主張する本人比率の基準年度は、控訴人のサンタウン高の原店の出店による事業規模の拡大とともに、付近の住宅地開発に伴う地域社会経済環境の変化等によって、控訴人の合計売上金額に占める小売りと卸売りの割合は大きく変化していることが容易に想定でき、控訴人の後年分の原価率により係争各年分の売上金額を推計することは、合理性を欠くものといわざるを得ない。

第三当裁判所の判断

一  推計課税についての当裁判所の見解

推計課税に関する所得税法一五六条は、税務署長は、所得金額等を推計して更正等をすることができる旨規定しているのみで、推計による場合の要件等を特に定めているものではないが、所得税法は、申告納税を原則とし、直接資料を用いて所得の実額を把握することを理想としていることはいわば自明というべきであり、推計の方法によって更正等の処分を行うことが許容される場合は、おのずから限定されるものというべきである。一方、<1>納税者が帳簿書類を備え付けておらず、収入・支出の状況を直接資料によって明らかにすることができない、<2>納税者が帳簿書類を備え付けてはいるが、その内容が不正確で信頼性に乏しい、<3>納税者等が調査に協力しないため、直接資料を入手することができないなどの理由により税務署長が所得金額の実額を把握し得ない場合に、そのことだけで課税を放棄することは税負担の公平の観点から許されないため、右のような場合には、例外的に、各種の間接的な資料を用いて合理的な方法により所得を推計認定して課税することは許されるものと考えられる。そうすると、推計課税は、右のような推計の必要性が認められることを要件として、実額課税に代替する所得認定の手段として認められるものと解される。もっとも、実額課税と推計課税という二種類の課税処分があるわけではなく、いずれも所得を課税標準とするものであって、更正等の課税処分は認定された課税標準たる所得に従って行われるものであるから、推計の必要性が推計課税という実額課税とは別個独立した処分の手続要件(効力要件)であるということは妥当ではなく、推計によって算定された所得金額(それは、性質上あくまで所得近似値にとどまる。)をもって課税標準として課税することを許容するための要件ということができる。したがって、推計による課税処分が争われている場合において、推計の必要性が認められないときには、推計による所得認定をすることが許されないから、推計による所得認定を基にする課税処分を維持することはできないが、直接的資料をもって所得金額の実額を明らかにすることができるようになり、その額が課税処分の前提となった所得金額以上であるときは、なお課税処分自体は適法ということになるし、逆に、課税処分に当たり推計の必要性があったことが認められるとしても、課税標準はあくまで所得金額である以上、納税者において直接的資料に基づき所得実額を立証したときには、原則どおり、右所得金額に基づく納税義務を超える課税処分は違法となるものといわざるを得ない(なお、従前の裁判例において「事実上の推定」と表現されているのも、推計の必要性が認められる限り、相応の合理性のある推計方法によって算定された金額をもって課税標準たる所得金額であると事実上推定されるのと同視することが許容されるということをいうものであり、他方において、いわゆる実額反証を許すものであることを明らかにするためであると考えられる。)。

所得税法一五六条は、推計の必要性が認められる場合にどのような推計方法を採るべきかについて、特に触れることなく、税務署長の裁量約判断にゆだねているが、恣意的な推計を許すものでないことは当然である。他方、税務署長に必要以上の時間と労力をかけて資料の探索を求めることも、推計の必要性を生じさせた納税義務者の行動・態度等にかんがみ、適当ではないから、結局、税務署長において現に入手し又は容易に入手し得る資料の限定性、調査時間及び調査能力の制約、納税義務者間の公平等との関連で、採用された推計方法が、実額課税の代替的手段として当該納税義務者の所得近似値を求め得る方法として社会通念上相応の合理性があると認められる必要があり(推計の基礎となる事実及び資料が正確であるべきことは当然である。)、かつ、それをもって足りるというべきである。

以上のような推計の必要性及び合理性が認められる場合には、所得を算定する要素である収入金額・必要経費の具体的内容は納税義務者自身が最もよく知るところであり、所得税法が申告納税制度を採用している趣旨からして、推計の必要性を生じさせた納税義務者は、前記のとおり自ら直接的資料に基づき真実の所得実額を証明する(推計の必要性を生じさせた理由いかんによっては、実額と同視してよい程度に実額と極めて近似するものと明らかに認められる所得金額を証明することをもって、実額証明に準ずるものと認め得る場合もあり得る。)ことによって、初めて推計課税ではなく実額課税によるべきことを求めることができる(この場合、いわば推計の必要性を事後的に消滅させたものともいえる。)というべきであり、他により真実の所得金額に接近し得る推計方法があるからといって、それだけで直ちに、税務署長の採用した推計方法の合理性が否定され、当該推計課税が違法とされるものとは解されない。

なお、争訟段階において、推計の合理性が否定されたとしても、推計の必要性が認められ、その時点において実額が明らかとなっていない以上、当該時点における資料を基に相応の合理性のある他の推計方法を用いて算出した課税標準が課税処分のそれ以上である限り、なお当該課税処分は適法である。

以上の基本的な見解に立って、以下検討する。

二  当裁判所も、被控訴人の本件各処分は適法であり、控訴人の本件各取消請求は棄却すべきものであると判断する。その理由は、次項に付加し、以下に付加訂正するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第三争点に対する判断」に記載するとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四二頁三行目の「推計課税」から九行目までを、次のとおり改める。

「実額課税であれ推計課税であれ、所得税の課税標準は客観的に認識される所得であって、推計課税は、帳簿書類等の直接的資料に基づく所得金額(実額)を把握することができない場合に、やむを得ず、代替的手段として、間接的な資料によって所得金額を推計するものにすぎないから、控訴人の主張する実額に客観的な帳簿書類等による裏付けがあると認められるときには、被控訴人の主張する推計方法に相応の合理性が認められるか否かの点を問うまでもなく、原則として右の実額をもって控訴人の各年分の所得の額と認めるべきである。」

2  同四三頁八行目の「売上原価」の次に「が把握されており、右売上原価」を、同行の「算出する」の次に「といった推計方法が採られている」を、同頁九行目の「主張する」の次に「売上の」をそれぞれ加える。

3  同四六頁一〇行目の「主張は」の次に「、前記の意味における推計の」を加える。

4  同四九頁二行目と三行目との間に次の文章を加える。

「渡辺は、国税審判官作成の質問調書(乙二六の2)への署名を内容も見ずに軽い気持ちで書いたとし(証人渡辺善秀の証言)、松本は、右質問調書や国税事務官作成の質問てん末書(乙二七)への署名等につき、よく覚えておらず、当時離婚問題があったため、上の空で返事をし、内容も読まずにサインと言われてサインをしただけである(証人松本久司の証言)などと述べるが、国税審判官の質問調査に応じながら、上の空で返事をしたとか、軽い気持ちで署名したとするのはいかにも不自然であり、また、質問てん未書を作成した国税事務官黒仁田は、松本と一時間半くらい話をし、後日、右質問てん末書を作成して、松本本人に読んでもらい、確認してもらって署名押印を受けたのであり、間違っていた字の訂正印も押印してもらっていることが認められ(証人黒仁田修の証言、乙二七)、上の空で返事をしたとか、内容を読んでもいなかったなどという松本の供述は、信用することができない。なお、池沢の質問てん末書(乙三六の2)には、前記のとおり署名押印がないが、国税事務官黒仁田は、池沢と三回話をしており、最終的には、大阪国税局直税部訟務官室で主任訟務官ら三名で池沢から話を聞き、内容を確認して質問てん末書への署名押印を求めたが、控訴人との関係などからこれを拒否されたことが認められ(証人黒仁田修の証言)、質問てん末書記載の供述内容は具体的であり、甲四六、四七(池沢の供述内容を録取したとする証明書)と対比しても、その内容が虚偽であるとは認められない(ちなみに、右甲四六、四七についても、池沢は署名捺印を拒否している。)。」

5  同四九頁五行目の「昭和五二年」を「昭和五〇年ころ」に、同頁六行目の「卸し」の次に「、池沢らはスタンド店に対して定価の約九〇パーセントで卸して約一〇パーセントの利益(ただし、間路は、約二〇パーセントの利益)を得」を加える。

6  同五〇頁二行目と三行目との間に次の文章を加える。

「間路は、申告を妻に任せていたので、間違って申告したのではないかと供述し、また、松本は、父に一任していたので、父の方で適当に申告をしたのではないかという趣旨の供述をするが、本人の所得形態を知っているはずの妻や父が、これと異なる態様の所得として申告したとするのも、直ちには信用し難いところといわざるを得ない。」

7  同五〇頁六行目末尾に「控許人は、池沢らに対する請求書を作成していた旨供述し、証人松本久司、同渡辺善秀も、請求書が作成されていた旨証言しているが、控訴人は、請求書の控えが多分とってあると思うから、捜してみたらあるかもしれないと述べ、証人渡辺は、控訴人からの請求書を昭和五九年までは保管していたと述べているにもかかわらず、池沢らに対する請求書又はその控えは全く証拠として提出されておらず、右供述等を信用することはできない。」を加える。

8  同頁一〇行目の「直ちに」の次に「これ」を、同頁末行末尾に「なお、担当スタンドディーラーが交替しても、右「池沢ブック」等の名称は変更しないまま、これを継承しているところ、控訴人は、東京出版販売株式会社内での決裁の手続等が煩瑣であるとして、そのままにするよう要望されたためであると供述するが、むしろ、右の記載は配送手続及び経理手続上の仕訳区分にすぎないことがうかがわれるものといわざるを得ない。」を、それぞれ加える。

9  同五一頁一行目の「売上伝票」の次に「(各スタンドディーラーらが記載。控訴人本人の供述、証人間路健一の証言)を加え、同頁二行目の「掛け」の次に「、「×95」」を加え、同頁五行目末尾に「なお、控訴人は、間路を除く各スタンドディーラーについては、三パーセントの利益を上乗せした場合に卸売価格が定価の八〇パーセントを超えるはずの単行本についても卸売価格を便宜的に八〇パーセントにしていた旨供述しているが、甲三〇の売上伝票では、松本、利川、池沢、渡辺についても、細かく「×82」、「×92」などと記載(控訴人主張のような一律のものではなく、その割引率も低い)されているものもあり、一方でわざわざ「×8」と記載されているものも見られる。したがって、これらの記載が、池沢らに対する卸売価格を表示したものであると直ちに認めることもできない。」を加える。

10  同五二頁三行目末尾に「控訴人は、甲七八の1、2、七九、八〇を提出して、右契約書は本件係争年(昭和五四年)に作成されたものであると主張するが、右各書証によっても、右契約書が昭和六一年三月以前に作成されたことをうかがわせるにすぎず、間路の昭和五五年度市民税に係る申告において、給与所得の支払者欄に「アルバイト」と記載されていること(乙三五)に照らしても、右契約書が本件係争年に作成されたものと認めるには足りない。」を加える。

11  同頁三行目と四行目との間に次の文章を挿入する。

「<7> 各スタンドディーラーは、スタンド店から集金した後、自ら入金伝票を記載して控訴人に入金するが、控訴人は各スタンドディーラーに対する領収証は渡しておらず(控訴人本人の供述、証人松本久司、同渡辺善秀の各証言)、また、利川利夫の担当した県立病院の売店スタンド分は、病院から控訴人の口座に直接定価の九〇パーセントの金額が振り込まれていた(控訴人本人の供述)。

<8> 証人松本久司は、生活費が必要なので、決まった金額を控除して残額を入金していたとも証言しており、そうであるとすれば、一定額を固定給とし支給していたのと何ら変わるところはないといえる。

<9> 池沢らは、スタンド配達基地として控訴人所有の西の京四五〇たつみ書店外商部の建物を無償で使用しており、その費用を徴収されていない。」

12  同頁八行目の「推計課税」の前に「前記のとおり、」を加え、同頁末行の「であるから、」の次に「採用された推計方法に相応の合理性が認められる必要があるところ、」を加える。

13  同五六頁六行目の「委託販売をしていたとしても各自の」を「仮に被控訴人主張のように、池沢らをスタンドディーラーとして雇ってスタンド店に雑誌を配達し、スタンド店に販売委託をしていたとしても、スタンドディーラー各自につき、その担当店に対する」に改める。

14  同五八頁八行目の「別表(1)」を「別表(3)及び(5)」に改める。

15  同六一頁七行目の「別表3、4」を「別表2、3」に改める。

三  控訴人は、当審において、実額反証が認められない場合には、予備的に、本人比率による推計を採用すべき旨(控訴人第三主張)を主張する。

1  これに対し、被控訴人は、控訴人第三主張は時機に遅れた攻撃防御方法である旨主張する。

控訴審における攻撃防御方法の提出が時機に遅れたものであるかどうかを判断するに当たっては、原則として、第一審以来の訴訟の経過を一体としてみて全体的に判断すべきであるところ、本件において、控訴人第三主張のような比準年における本人比率を用いてする推計方法の主張は、客観的には、原審第一一回口頭弁論期日(昭和五九年五月一八日)以降可能であったということができ、、当審第一回口頭弁論期日(平成八年一二月六日)において初めて提出された右主張は、右の時期から約一二年を経過した後に初めて提出されたものということができ、これを客観的にみる限り時機に遅れたものといわざるを得ない。

しかしながら、(1) 控訴人は、原審において昭和五四年分の伝票、帳簿等に基づく実額反証を基本的に主張し、その立証に努めてきており、原審において右主張が採用されるものと控訴人が信じたとしても、そのことにつき重過失があるとまでいうことはできないこと、(2) 控訴人は、原判決の結論を見て、当審第一回口頭弁論期日において直ちに右主張を提出していること、(3) この間の年月の経過については、控訴人に責任を負わせることのできないものがあることなどからすると、右主張が控訴人の重大な過失により時機に遅れて提出されたものとまでいうことはできず、また、本件審理の経過からして、そのために訴訟の完結を遅延させるものということもできない。したがって、控訴人第三主張につき、平成八年法律第一〇九号による改正前の民事訴訟法一三九条一項(平成八年法律第一〇九号附則一一条)による却下を求める被控訴人の主張は、採用することができない。

2  次に被控訴人は、被控訴人が採用した推計方法に実額課税の代替手段としてふさわしい相応の合理性が認められれば、他に相応の合理性がある他の推計方法があったとしても、推計課税は適法というべきであり、被控訴人の採る本件推計方法に社会通念上相応の合理性すらないことを認めるに足る的確な証拠はないから、控訴人が、被控訴人の行った本件推計課税と控訴人の本人比率との優劣を主張することは、その前提において失当であると主張する。

確かに、前記のとおり、被控訴人の予備的主張に係る推計方法には、社会通念上相応の合理性が認められるものといえるから、単に他に合理的な推計方法があるというだけでは、本件推計課税の適法性に影響を及ぼすものということはできない。

さらに、控訴人第三主張の推計方法、すなわち比準年(昭和五七年、五八年)の控訴人自体の原価率等をもって本件係争年分の売上金額を推計する方法について検討すると、次のような点を指摘することができる。

(一) 控訴人は、比準年において青色申告をしているところ、別表1に記載の各年分の売上金額及び売上原価は、青色申告決算書(甲七六、七七)記載の各金額に依拠していることが明らかであるが、青色申告の承認がされ、青色申告がされているといっても、備え付けられている帳簿書類によって裏付けられるのでなければ、必ずしも申告額が真実の金額を反映していると断定することはできない。

また、控訴人本人の供述及び甲八四によれば、控訴人は、比準年においても、従前どおり、渡辺善秀、間路健一らがスタンドディーラーとして独立しており、控訴人は同人らに卸売りをしていると主張しており、右申告額も、それを前提としているものと解されるが、右渡辺らは、少なくとも本件係争各年においては、独立したスタンドディーラーではなく、控訴人の従業員として給料を得ていたものと認められることは、前認定のとおりである。そうすると、控訴人の主張に係る売上等の額は、比準年の原価率を正確に反映していないか、又は、仮に比準年における実態がそのとおりであるとすれば、本件係争年とは事業態様を異にし、本人比率とはいえ、本件係争年分の売上金額を推計するのにこれを用いることは、不適当であることが明らかといわざるを得ない。

(二) また、控訴人が経営する店舗は、本件係争各年において西大寺店及び平城店の二店舗であったところ、控訴人は、昭和五六年一一月ころ、サンタウン高の原店と称する店舗に新規に出店しており(控訴人本人の供述)、これに伴う地代家賃負担等の増加が認められる(甲七六、七七)。

したがって、本件係争年中昭和五二年分の所得を推計するに当たり、売上金額を推計した後、比準年における特別経費控除後の金額の売上金額に対する比率を用いて特別経費控除後の金額を推計している部分は、少なくとも、事業実態の異なる後年の比率に比準するものであって、合理性を欠くものといえる。

以上によれば、比準年における控訴人主張の本人比率を用いる推計方法により、本件係争年の所得実額と同視してよい程度に明らかに実額と近似する所得金額を認識し得るものということはできず、被控訴人による本件推計方法を相応の合理性を欠くものということもできないから、本件推計課税を違法ということはできない。

第四結論

以上のとおり、控訴人の本件各取消請求は理由がなく、原判決は相当であって、本件控訴は棄却を免れない。よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 小原卓雄 裁判官 川神裕)

別表1

辰巳寿一 昭和57、58年度青色申告

<省略>

<省略>

《昭和57 58年分平均原価率の計算》

昭和57年原価率 245,127,829÷267,807,518×100% ‥‥91.53%…イ

昭和58年原価率 248,725,762÷275,821,758×100% ‥‥90.18%…ロ

昭和57.58年平均原価率(イ+ロ)÷2=90.86%

昭和57.58年平均所得率(特別経費控除後の金額)

昭和57所得率… △0.14% 昭和58年所得率…1.27% (△0.14%+1.27%)÷2=0.565%

<省略>

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